民間のエキスパートによる被災時の救援、救助支援

PC-6とは スイス独自の万能航空機ピラタスPC-6ターボポーター

いつでも、どこでも、なんにでも

ピラタス・ポーターPC-6はスイス特有の職人魂から生まれ、アルプスの山岳地で育(はぐく)まれた伝統的かつ近代的な万能の航空機である。製造工場はスイス中央部、観光と時計で有名なルツェルンに近く、標高2,132mのピラトゥス山麓にあって、会社の名前もこの山にちなむ。

開発着手は60年前にさかのぼる。原型機の初飛行は1959年5月4日であった。以来、最近までに900機以上が製造され、今も現役の航空機として世界各地で飛びつづけている。

その特徴はスイス生まれにふさわしく、標高の高いところで、短い滑走で離着陸できること。しかも搭載量は1トン余りと大きい。航続性能も900キロの遠くまで飛ぶことができる。

機内も広い。パイロット2人のほかに乗客数は最大10人。救急機としてはストレッチャー1台のほかに、ドクター、ナース、付添いの家族など5人の同乗が可能。
またストレッチャー2台でも3人が同乗できる。

操縦席はグラス・コクピットで、最新の自動操縦装置をそなえ、視界はパイロットばかりでなく客席からも広く見わたせる。

200mに満たない滑走距離


現在のターボポーターは、かつてのピストン・エンジンを軽量強力なタービン・エンジンに換装し、短い滑走路で離着陸できるSTOL(Short Take-off and Landing)性能がいっそう良くなった。長い滑走路がなくとも、他の航空機では不可能と思われるようなところに、ちょっとした草地があれば降りてゆく。また砂地でも泥地でも、多少の石ころがあっても構わない。さらに、スキーやフロートをつければ、積雪があっても、氷河でも水面でも発着可能。

滑走距離は、最大離陸重量2,800kgで197m。着陸時はプロペラの逆推進を使って127mに過ぎない。積み荷が少なければもっと短く、ジャングルの中にでも着陸する。これは低圧タイヤ、2重のディスク・ブレーキ、そして多少の衝撃にも耐えられる頑健で柔軟な脚による。さらにプロペラが機首の高い位置に取りつけられ、尾輪式であることから前輪式の飛行機と異なり、姿勢が傾いても回転するプロペラの先端が地面に触れるようなことはない。

もうひとつ、ピラタス・ポーターはネパールのダウラギリ氷河に着陸したことがある。
これは標高5,750mの高地で、固定翼機の世界記録となっている。

搭載能力は1トン以上

ピラタス・ポーターはなんにでも使える万能性を有する。上空からの写真撮影や遊覧飛行はもとより、パラシュート降下にも使えるし、捜索救難や救急にも有効。航空医療のためには、キャビン両側に大きなドアがあり、ストレッチャーも簡単に積み降ろしできる。

旅客輸送や遊覧飛行の乗客は最大10人だが、ゆったりした座席にすれば乗客7人。貨物輸送のためには座席を外し、最大3立方メートル、重量にして1トン余の資材を積みこむ。ポーターの愛称も、この貨物輸送が得意なところから名づけられた。

これらの特徴を生かして、災害時には最悪の被災地に飛び、住民の救出、けが人や患者の搬送、緊急物資や医薬品の輸送などをおこなう。こうした緊急任務はヘリコプターも得意だが、ヘリコプターにくらべてポーターの方が航続距離が長い。
標準タンクで900km、主翼の下に増加タンクをつければ1,600kmまで伸びるので、遠い辺地の防災活動に適する。

そのうえ運航費が安い。同程度の搭載能力をもつヘリコプターに対して、わずか5分の1に過ぎない。
ちなみに機体価格は標準で190万ドルである。

高温多湿でも高地でも堅実な飛行


ベトナム戦争(1960~75年)ではヘリコプターの活躍が目立った。この戦争を扱った映画などを見ると、ジャングルや沼沢地の上を多数のヘリコプターが飛び交い、敵の共産軍を攻撃し、味方の負傷兵を救出する場面が出てくる。しかし実際は、ヘリコプターも相当に苦しんでいた。

というのは、第2次大戦後まもなく実用になったヘリコプターは当時まだ発展途上にあって、必ずしも完成の域には達していなかった。タービン・ヘリコプターも登場したばかり。とりわけ高温多湿の東南アジアではエンジン出力が不足し、本来の飛行性能を発揮できないだけでなく、整備上の不具合が多発した。

そのため第一線では機数が足らず、攻撃力が衰え、兵員の輸送や救護にも支障をきたすほどだった。
このとき、堅実に飛んでいたのがピラタス・ポーターである。アメリカCIA(中央情報局)が持ち込んだ少数のターボポーターは高温多湿の辺地で本来の能力を発揮し、滞空5時間、片道700kmの広範囲を飛び回り、20ミリ・ガトリング砲、ナパーム弾、ロケット弾、あるいは宣伝用のビラまき装置を搭載して特殊作戦を進めた。

ときには敵地上空でエンジンを停め、騒音を消して滑空しながら偵察飛行をするという離れ業も演じた。むろん負傷兵の護送にも当たる。これを見た米海軍はみずからもターボポーターの採用を決めたが、政府や議会の承認を待っている間に突然、国防長官が導入計画を打ち切ってしまう。その蔭に何があったのか。ヘリコプター工業界からの反対運動か、アメリカの軽飛行機メーカーの反対であろうか。

しかし当時のアメリカには、どれをとってもピラタス・ポーターの代わりになるような機材はなかったはず。ベトナムの酷暑の沼池やジャングルの中で、ゲリラ戦に倒れたアメリカ海兵隊員は約2,500人といわれるが、ピラタス・ポーターがあれば、その多くが死なずにすんだのではないか。今も海軍内部でささやかれる痛恨の秘史である。

人命救護のすぐれた手段

ピラタス・ポーターは、だからといって軍用目的のためにつくられたわけではない。しかし、われわれにとって戦争が最悪の危機であるとすれば、大災害は戦争に次ぐ危機であり、交通事故も危機であることに変わりはない。

ピラタス・ポーターはCIAが示したようにベトナム戦争で有効だった。したがって災害や救急にも大きな能力を発揮することはまちがいない。「いつでも、どこでも、なんにでも」役立つことをめざすこのターボプロップ機は、誕生から半世紀を超えて、まだまだ人命救護の役割を終えることはないであろう。

西川 渉

ピラタス・ポーター性能諸元データ


全長 10.90m
全幅 15.87m
全高 3.20m
最大離陸重量 2,800kg
ペイロード 1,200kg(または乗客10人)
エンジン P&W PT6A-27ターボプロップ(550shp)×1
離陸距離 440m
着陸距離 315m
巡航速度 262㎞/h
航続距離 1,050km
実用上昇限度 8,500m